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箱男です
8/22(土)の「シーン」の感想です。

沢山の来場、大感謝です!


楽しいイベントでしたが、反省もいっぱいです‥。
その分、収穫も沢山あったと思います。

シーンは今回で5回目。
毎回新しい試みで、いつも勉強させて頂いてます。



-箱男の感想。

本番中は、お客さんも見えてないほど非常に視野が狭い。
物語と音楽のレポは、別の方に後日お願いするとする‥


ライブと違って、絵は結果が一目で分かるところが面白いのと同時に、非常に残酷。


今回も演奏に合わせてライブペインティングをした。
演奏と物語の風景が大きく転回していたので、メンタルにかなり影響があった。


イベント終了後に、絵を俯瞰して見ると、恥ずかしくなるほど露骨に絵に気持ちが現れていた。


不安定なメンタルと、技術的困難もあり、
「物語を絵で表現する」事に関しては成功したとは言えない。

正直、終わった直後は、やらかしちゃった気持ちいっぱいで、早く絵を消し去りたかったが、
一晩たって気付きがあった。


それは
「音楽と空間によって、心が丸裸になっていく過程を人前に晒した」という結果を残す事は
ある意味、ライブペインティングの真髄かもしんない事。


踊りも歌も、即興表現をやるときは、音楽と空間とシンクロして、無意識の泉から何かを呼び起こす事を
続けてきた。

無意識である事が、自分がインプロを確信をもって出来る、一番大事な核だ。

ライブペインティングをする時も、そういう所を目指すのだが、刹那の表現と、結果を残す作業の間には、どうしてもギャップがあって、それが自分がライブペインティングの即興性を信じ切れない部分でもあった。

しかもシーンでは抽象表現ではなく、物語の具体的なモチーフを描く。
実際のところ脳内とキャンバスには、作為と、思考に塗れる。普段の脳内麻薬が湧き出す即興とは程遠いメンタルだ。

ところが、その作為のディティールが結果として残したものは、無意識に溢れ出てしまった、裸の自分だと気付いた。
誤解されそうな点だが、心情風景を描いたつもりはない。

しかし、丸裸で踊っても、こうも心が裸になって表れたりは、そうそう無い。
これは貴重な発見だ。


なにか、新しい「リアル」に気付いてしまったようだ。


刹那の無意識のひらめきと
こころの移ろいの無意識


無意識の表現も、かたちによって目指すものは違うのかも、と気付いたのかも。



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